だし/いも煮/玉こんにゃく/くじら餅/ひょう干しの煮物/庄内そば/どんがら汁/べろべろ餅/庄内笹巻き/寒鱈汁 など
山形県は、日本海に面する沿岸部の庄内地域と、内陸部の最上、村山、最上、置賜の3地域に分けられるよ。地勢の特徴によって気候も違い、さらには、地理的・歴史的背景から、方言や食文化が地域によって異なることもあるんだ。
代表的な郷土料理の1つ「いも煮」も、4地域ごとに、里芋以外の材料や味付けが違うんだよ。
全国的に有名になっている、里芋、牛肉、長ネギ、平こんにゃく、しょう油味の「いも煮」は、村山地域のものなんだって。
その村山地域は、山形盆地をはじめとする盆地と、丘陵地、山地で形成されていて、さくらんぼ、西洋なしの収穫量が全国1位。現在の「果樹王国・山形」を牽引し、「さくらんぼ祭り」、「花笠まつり」、「日本一の芋煮会フェスティバル」など、様々な祭りやイベントが実施されているよ。
江戸時代には、最上川舟運を介した交易によって上方文化がもたらされ、華やかな文化の名残も見せる一方、冬になると雪深くなる地域特有の生活の堅実さが伺える保存食の文化が根付いているんだ。
現在も正月の行事食として欠かせないのが「ひょう干しの煮物」。夏場に道端や畑などに自生する「ひょう」(スベリヒユ)を天日干して保存し、「今年もひょっとして良いことがありますように」と、正月料理として食べられているんだって。
最上地域は、四方を険しい山に囲まれ、深い原生林が多く残り、全国でも有数の「巨木の里」として知られているんだ。
最上川の清流で育まれた米を中心に、ニラやねぎなどの園芸作物、山菜、とりわけ菌茸(きのこ)類の栽培が盛ん。
この地域に古くから伝わる一風変わった名前の「くじら餅」。名前の由来は、昔の「くじら餅」は大きく、それをくじらに例えたという説、くじらの皮付きの脂身を塩漬けにした塩くじら似ていたという説、「久しく日持ちする」という意味で「久持良餅(くじらもち)」という字をあてた説、など諸説あり。
「くじら餅」は、旧暦の桃の節句の行事食で、ひと昔前は家々でつくったんだけど、今は和菓子屋さんで買う人が多いみたいだよ。
置賜地域は、県南部に位置し、奥羽山脈、朝日山地などに囲まれ、西吾妻山を源流とする最上川流域には米沢盆地、長井盆地、小国盆地が形成されているだよ。
江戸時代には置賜地域の大部分が米沢藩上杉家の領地となり、上杉鷹山に奨励され発展した伝統工芸品や食文化が現在でも根付いているんだって。
この地域では、コイの養殖が盛んで、コイを使った料理が古くから食べられてきたんだ。上杉鷹山が、動物性たんぱく質に乏しい米沢藩に、福島県からコイの稚魚を取り寄せ、藩政として養殖を推し進めたのがきっかけ。家臣たちは屋敷の庭先などに池をつくり、コイを育てたんだって。養殖による安定した食料供給を考えるなんて、さずが名君と言われる鷹山公!
日本海に面した庄内平野が広がる庄内地域。最上川の最下流域にあたり、肥沃な平野が広がる流域は、日本有数の穀倉地帯。
沿岸地域の庄内浜では、1年を通して130種類以上の海産物が水揚げされ、魚介を使った郷土料理も多いんだ。
冬の食材として古くから親しまれてきたハタハタを茹でた「ハタハタの湯上げ」や5月の天神祭りで食べられる「鱒のあんかけ」、寒鱈まつりの主役「寒鱈汁」などなど。
また、山岳信仰の聖地である出羽三山を擁する鶴岡市には、古くから精神文化と結びついた「行事食・伝統食」が継承されて、数百年にわたり守り継がれてきた在来作物は50種類以上確認されているんだ。こうした歴史や食文化を背景に、日本で唯一ユネスコの「食文化創造都市」に認定されているんだよ。
【SFレンジャー赤の豆知識】
山形県は、こんにゃくの1世帯当たりの消費量が日本一なのです。こんにゃく芋の産地でもないのに、一体なぜ?
山形独自の郷土食である「玉こんにゃく」の歴史を紐解くと・・・
平安時代、山形市にある山寺・立石寺を開いた慈覚大師(円仁和尚)が漢方薬として中国からこんにゃくを持ち帰り、周辺住民へ広めたと伝承されているという話。
玉の形になったのは約100年前。創業店舗に当初十分な資金がなくこんにゃくを形成する道具がなかったため、手で丸めるだけでつくれる玉こんが生まれたそうです。その形がお祭りや観光地で親しまれ、今は山形県民のソウルフードに!